口腔セネストパチーoral cenesthopathy
口腔異常感症Oral dysesthesia
①どんな病気?
「口の中がネバネバ,ベタベタする」などの乾燥感や味覚異常、あるいは「なんとも表現しにくい不快な」異物感や歯や顎の変な感じなど、多彩な口腔内の異常感覚を訴える症候群です。
一見何も問題なさそうですが、あちこちの病院でもなかなか理解されず、ご本人はかなりつらい体験でお仕事や日常生活にも支障をきたすこともしばしばです。症状によっては「口腔セネストパチー」と呼ばれる場合もあります。
②どんな人に多い?
高齢者に多く,男女差はあまりありません。わざととか大げさな印象は乏しく、真面目で素朴な感じの患者さんが多い印象です。ただ口の具合の悪さからか、医療者には時々八つ当たりしたくなるようです。歯の治療後に発症もしくは悪化するケースがしばしばあります。うつ病の「治りがけ」に発症し、うつは治っても口の不快感だけ長引くケースもしばしば経験されます。
③原因は?
近年の脳機能画像研究から、精神疾患の有無にかかわらず、脳のあちこちの機能のアンバランスが奇妙で不快な口腔症状に関与しているようです。
精神症(統合失調症や双極症)の部分症状で、このような口の不快な症状が出る方もおられますが、この場合は若い方がほとんどです。歯科を受診される方の半数近くが、全く精神科受診歴はないのに、奇妙なお口の不快感が出るタイプです。なお、うつ病の状態が悪い時に歯科治療を受けると、発症の引き金や症状増悪のきっかけになることがあります。
④臨床症状は?
1.「口の中がネバネバ,ベタベタする」「ヌルヌル、ドロドロ」など唾液の性状の変化や唾液分泌過多の訴え
2.「何とも表現できない気持ち悪さ」といった口腔内の不快感
3.「おいしくない」「本来の味がしない」といった味覚の減退や「いつも口の中が苦い,塩辛い,酸っぱい、甘い」などの異味覚
4.いくら歯磨きやうがいをしてもすっきりしない、不快な異物感(歯に物が挟まった感じや詰まった感じetc.)
5.不快感のためティッシュペーパーでいつも口を拭っている、頻回にうがいをするなどの対処行動
6.歯や顎が「引っ張られる」「窮屈な」「膨張するような」「ぐにゃぐにゃする」感覚がでることもしばしばある。
7.異物が出てくると訴え、その証拠として唾液をためたビンや使用したティシュペーパーの束などを持参することもある。
8.ガンなど特定の悪い病気を心配しているというより、とにかく気持ち悪さを解決したいというケースが多い。
9.日内変動はあまりなく、「1日中不快」なことが多い。
⑤治療は?
複雑な症状が絡み合うことも多く、いろいろな薬物が効きにくい病気です。何かがよくなると別のところが悪化することも多く、お薬の使い過ぎにならないよう注意が必要です。当科では必要最小限のお薬で何とか不快な症状と折り合いがついて、日常生活上の支障も最小限に食い止めることを目指しています。
ガムや飴などを口にすると、少しは不快感が和らぐ場合もしばしばあります。マウスピースで少し楽に感じる方もおられますが、歯への影響を懸念して当科ではお薦めしていません。
つい「こんな歯は全部抜いてしまいたい」と思いつめてしまう患者さんもおられます。しかし、歯を削ったり抜いたりではこの不快感は治らないどころか、しばしば悪化します。完全消失を追求するのではなく、少しでも症状が緩和するお薬を必要最小限用いて、日常の中で「何かしているとまぎれる」ようなことを増やしていきます。
定期的な受診で口腔内を管理しつつ、不快感がさらに悪くならないように、何とか生活の質を落とさないように症状との折り合いをつけ、日常を維持していく姿勢が大切だと思います。辻仁成さんの言葉を借りると「あきらめるのではなく、無理をしない」ということです。
⑥予後は?
一般に難治性で、症状不変,もしくは徐々に悪化していく例が多いようですが、何とか悪化を食い止めたり、改善に向かう方も少なからずおられます。不必要な歯科処置を行うと、不快感が強まったり、新たな症状が出現したりして、より治療困難になってしまいますので「こんな薬は効かない」などという短気は禁物です。
口腔異常感症の症状評価
Oral DRS( Oral Dysesthesia Rating Scale)とは、東京医科歯科大学精神行動医科学分野の上里彰仁先生(現・国際医療福祉大学 教授)が作成された、口腔異常感症の症状についての評価尺度です。(Uezato A, et.al. BMC Psychiatry. 2014 Dec 21;14:1696.)
日本語版 日本語版マニュアル English version English Manual
1: Brain perfusion asymmetry in patients with oral somatic delusions
Yojiro Umezaki, Ayano Katagiri, Motoko Watanabe, Miho Takenoshita, Tomomi Sakuma, Emi Sako, Yusuke Sato, Akira Toriihara, Akihito Uezato, Hitoshi Shibuya, Toru Nishikawa, Haruhiko Motomura, Akira Toyofuku
Eur Arch Psychiatry Clin Neurosci. 2013 June; 263(4): 315–323. Published online 2013 January 29. doi: 10.1007/s00406-013-0390-7
PMCID: PMC3668126
2: Comparison of cerebral blood flow in oral somatic delusion in patients with and without a history of depression: a comparative case series
Motoko Watanabe, Yojiro Umezaki, Anna Miura, Yukiko Shinohara, Tatsuya Yoshikawa, Tomomi Sakuma, Chisa Shitano, Ayano Katagiri, Miho Takenoshita, Akira Toriihara, Akihito Uezato, Toru Nishikawa, Haruhiko Motomura, Akira Toyofuku
BMC Psychiatry. 2015; 15: 42. Published online 2015 March 10. doi: 10.1186/s12888-015-0422-0
PMCID: PMC4364484
3: Umezaki Y, Uezato A, Toriihara A, Nishikawa T, Toyofuku A. Two Cases of Oral Somatic Delusions Ameliorated With Brain Perfusion Asymmetry: A Case Report. Clin Neuropharmacol. 2017 Mar/Apr;40(2):97-99. doi: 10.1097/WNF.0000000000000207.
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渡邉 素子、他、アミトリプチリン単剤療法が奏功した疼痛を伴う口腔セネストパチーの1例(原著論文)
日本歯科心身医学会雑誌(0913-6681)37巻1-2号 Page5-11(2022.12)
梅崎 陽二朗, 豊福 明, 松岡 紘史, 古賀 千尋, 北川 善政, 山崎 裕, 高田 訓, 金光 芳郎, 森谷 満, 岡田 智雄, 篠崎 貴弘, 福田 謙一, 伊藤 幹子, 楠川 仁悟, 小佐野 仁志, 松本 尚之, 宗像 源博, 今 一裕, 岩瀬 陽子, 吉岡 泉, 渡邊 裕, 村上 聡, 吉川 達也, 宇津宮 雅史, 美久月 瑠宇, 内藤 徹, 安彦 善裕、(日本歯科心身医学会ポジションペーパー)
「口腔セネストパチー」の概念的整理 診断,病態生理,治療に関するナラティブブレビュー
日本歯科心身医学会雑誌(0913-6681)38巻1-2号 Page48-60(2023.12)